現代アートの「画家中の画家」と言われるピーター・ドイグ(Peter Doig)の作品「Canou-Lake」「ラペイルーズの壁」を通してピーター・ドイグを楽しむための情報を書いています。
ピーター・ドイグって誰?
ピーター・ドイグ(Peter Doig)とは「画家中の画家」と言われ、現在最も注目されている現代アーティストの一人です。
「現代アート?絵画?理解できない」と思う人には是非ともピーター・ドイグの作品を観て、現代アートの良さを感じてもらいたいです。
ピーター・ドイグはスコットランドのエジンバラ出身です。カリブ海のトリニダード島とカナダで育ちました。純粋な芸術作品を求めて1979年にロンドンに移り住み美術を学びます。その後にチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで修士号をとりました。
ピーター・ドイグを有名にしたターナー賞ってどんな賞?
ピーター・ドイグを有名にした出来事は1994年のターナー賞です。ターナー賞にノミネートされた事でピーター・ドイグは大きな注目を集めました。
ターナー賞はイギリスのロマン主義画家J.M.W.ターナーに因んでできた賞です。1984年に開始しますが、スポンサーが見つからずに中止。その後、ニコラス・セレタ卿によって年齢制限を設けて1991年に復活します。
テレビなどメディア展開する事で注目を浴び、現在はイギリス人またはイギリスに住む芸術家の中でも、顕著に刺激のある作品を世に送り出す若いアーティストに贈られることが多くなりました。
刺激的で話題になりやすい「コンセプチュアル・アート」作品が受賞する機会が多く、ターナー賞の評価は賛否両論です。そのイギリスの「コンセプチュアル・アート」の流れの中で時代遅れとされていた具象絵画の地位を一気に押し上げているのがピーター・ドイグです。
コンセプチュアル・アートって?(知っておくともっとピーター・ドイグが楽しめる知識①)
1960年代から1970年代まで、現代アートは「コンセプチュアル・アート」と呼ばれる観念芸術が主流でした。コンセプチュアル・アートは絵画というより、主にオブジェや立体作品になります。
コンセプチュアル・アートとは普段使っている物が、その物があるべき場所ではないところに芸術作品として置かれ「表題」を付けられる事で、私たちの脳が「これはアートである」と認識します。
そうするとこれで芸術作品として成り立ち、新しい感覚が観る人に生まれる。制作過程というより、置かれた状況が生み出したモノこそが、コンセプチュアル・アートだと思います。
なのでこういった思考に慣れた人には理解されやすく、芸術にあまり興味のない人には絵画以上に理解されづらいという一面があります。
具象絵画って?(知っておくともっとピーター・ドイグが楽しめる知識②)
ピーター・ドイグは具象の流れを汲んだ画家です。心象風景を具体的な物を描くことなく表したのが抽象絵画で、具体的に描いたのが具象絵画です。抽象絵画が世界大戦後に主流になっていきますが、その裏で見た物を見たように表現するという「具象絵画」は細々と続いていました。
そして現代、難解なコンセプチュアル・アートの世界観に人々は「もっと分かりやすく、共感しやすい芸術らしい芸術」を求めるようになった事で「具象絵画」は少しずつ認知されていきました。
フランシス・ベーコンなどの具象絵画にこだわる流れの先にピーター・ドイグは位置づけられます。そしてピーター・ドイグの作品は今までの「具象絵画」の枠を超え、「新しい具象」と言われるようになります。
ピーター・ドイグと「新しい具象」
ピーター・ドイグはなぜ「新しい具象」なのか?
「具象絵画」はそこにモチーフがあったり、写真があったりして、それをもとに描きます。ピーター・ドイグも基本は同じです。
ピーター・ドイグの作品は具象絵画でありながら心象風景を描いています。具体的な物を描きながらそれは心の風景であるといったところでしょうか。
しかも「どこかで見たことがある」「どこか懐かしい」「経験したような気がする」といった感情を、見る人に起こさせることが「新しい具象」に位置付けられる要因のようです。
ピーター・ドイグの作品にはなぜ懐かしいといった共感するような感情が起こるのか?
「懐かしい」とか「あれ?どこかで見たような?」という共感するような心に訴える感情を見る人に与える鍵になるものは「記憶」です。
ゴッホやゴーキャン、フランシス・ベーコン、マティス、ムンクなど時代を象徴してきた画家のモチーフや色使いや構図に影響を受け、それを感じさせるようにピーター・ドイグは制作をしています。
さらにピーター・ドイグの作品に記憶を呼び起こされる原因の一つが、ピーター・ドイグは、例えば映画であったり広告写真であったり、自分の暮らしていたカナダやトリニダード・トバゴの風景や記憶からインスピレーションを得ているからです。
映画「13日の金曜日」をイメージして描いているのが「カヌー=湖(Canou-Lake)」です。カヌーに乗った人がこちらに今にも近づいてくるような不気味さの漂う作品です。同じ構図の絵で「100 Years ago」という赤いカヌーの作品もあります。
ピーター・ドイグの作品には水とカヌーを扱った作品が多いです。そこにはカヌーに乗って海原に出ていくような知らない世界にポツンと存在する不安感や孤独感のようなものを感じます。
「スキージャケット」という作品は、新聞広告のニセコのスキー場の写真を元に描かれています。最初1枚のパネルに描いていたのですが、それの作品の出来に満足できなかったため、もう1枚が付け足されたそうです。
日本の風景とその写真を使った広告が現代アートを牽引するような作家の目に留まったというのはなんだか嬉しいですね。そしてその色使いが優しく、「なんとなく見た事あるよね」という感情を刺激してくれるのが心地よいです。
もう一つ私が好きなのが「ラペイルーズの壁」です。2004年の作品ですが、小津安二郎監督の『東京物語』からインスピレーションを受けて製作されています。
「ラペイルーズの壁」は見るからに日本的だと感じました。平面的な絵具の塗り方ですが構図は奥行きを意識したモノ。色使いは日本的とは言い難いはっきりとした色使いなのに、なぜか日本の海岸沿いを思い起こさせる。
見た瞬間に「これは!」と私は思いました。ちょっとした矛盾に心を揺すぶられ、さらに懐かしさや記憶に心が動かされる。
その感情をきっかけに、作品に描かれているもの以上のモノをそこから感じることができる。あたかもそこに物語があるかのように感じることができるのです。
絵画であるのに、見る人には映像を呼び起こす鍵がそこに込められているのでしょう。
この感覚を沸き起こせる事がピーター・ドイグ作品の魅力であり、それを作り出せるピーター・ドイグが「画家中の画家」と評価されることに納得です。
ピーター・ドイグの作品はちょっと前までの先鋭的な理解しづらい芸術とは完全に一線を引いています。
とにかく観やすく、理解するというよりは記憶を呼び覚まして共感することができる。さらに感情が動かされる。
とても気持ちを楽に楽しむことができ、価値の高い現代アートだと思います。この日本での初の個展「ピーター・ドイグ展」で是非ピーター・ドイグの世界、「新しい具象」を楽しんでください。
見たものを伝えたい!という感情はいつの時代の人にも必ずあるもので、それを具体的に描くという表現は今まで続いたきたように消える事のないものだと思うので、「具象」の流れはこれからも形を変えながら続いていくものと私は思います。
ピーター・ドイグの作品がこれからどう変化していくのか、とても楽しみです。
ピーター・ドイグ展情報
ピーター・ドイグ展
東京国立近代美術館
2020年2月26日〜6月14日
※2月29日〜3月15日までコロナウィウスのため臨時休館になってしまいました。3月16日以降の予定は公式ウェブサイトで告知されるそうです。
せっかくの機会なのに残念です。